「断らない相談」とは何か
令和2年の社会福祉法改正により、福祉の現場は大きく変わり始めています。これまで日本の福祉は、高齢者、障害者、子ども、生活困窮者といった「縦割り」で運営されてきました。しかし、私たちの人生の悩みは、そんなに綺麗に切り分けられるものでしょうか。
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ひきこもりの息子(50代)と、介護が必要な親(80代)の生活=「8050問題」
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家族のケアに追われ、自分の学校生活や就職がままならない=「ヤングケアラー」
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育児と介護が同時にのしかかる=「ダブルケア」
こうした、複数の悩みが絡み合った糸をほどき、何重ものセーフティネットで支えるために始まったのが「重層的支援体制整備事業」であり、その入り口となるのが包括的相談支援事業(断らない相談)です。 (※厚労省地域共生社会の在り方検討会議資料より)
包括的相談支援事業:あなたを守る「丸ごと」の窓口
これは、社会福祉法第106条の3に基づき、市町村が整備を進めている仕組みです。 法律の難しい言葉を翻訳すると、「役所の窓口が分かれているからといって、住民の『助けて』という声をたらい回しにしてはならない」という、行政側の決意表明でもあります。
どんな悩みであっても、まずは受け止める。そこから専門家チームが連携して動く。それがこの事業の核心です。
相談の「入り口」となる主な場所
この事業は、以下の既存の窓口を活用して展開されています。
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地域包括支援センター(高齢者のよろず相談所) 本来は高齢者向けですが、地域福祉の司令塔として機能しています。
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基幹相談支援センター(障害のある人の相談所) 身体・知的・精神など、障害種別に関わらず相談を受け止めます。
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自立相談支援機関(くらしと仕事の相談所) 経済的な困りごとだけでなく、ひきこもりや長期離職など、生活の立て直しを幅広く支えます。
【30秒でわかる用語解説】
断らない相談支援: 「ここでは扱えません」と門前払いせず、まず話を聞き、適切なチームにつなぐこと。
参加支援: 「支援を受ける」だけでなく、社会とのつながりを取り戻す(孤立を防ぐ)ためのサポート。
地域づくり支援: 誰かが困ったとき、制度だけでなく、近所の人やボランティアなど「お互い様」で支え合える環境をつくること。
「にも包括」という新しい動き
これまで地域包括支援センターは「高齢者のための場所」と思われてきました。しかし最近では「にも包括」という取り組みが広がっています。
これは「高齢者にも、精神障害にも対応できる包括的な支援」を意味する現場の言葉です。
例えば、「うつ病で働けない(精神)」と「親の介護(高齢)」と「家賃が払えない(貧困)」が重なっている時。
これまでは「まず精神科に行って」「次は役所の〇〇課へ」と言われていたかもしれません。
しかし「にも包括」の視点を持つ窓口なら、「精神保健福祉士」などの専門職が間に入り、心の健康と生活課題をセットで支えることが可能になります。
利用者の方へ:あなたの悩みには「名前」をつけなくていい
1. まず、その荷物を降ろしてみてください
「どこに相談すればいいのかわからない」「自分の悩みは制度の対象外かもしれない」。 そうためらってしまう方にこそ、この仕組みを使ってほしいのです。包括的相談支援事業は、悩みに名前がついていなくても利用できます。
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高齢の親の介護と、自分自身の心の不調が重なっている
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障害のある家族を支えていて、家計が苦しい
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就職活動がうまくいかず、自分を責めて動けなくなっている
これらは「どれか一つ」の問題ではなく、すべてがつながっています。だからこそ、「複合的な悩み」として丸ごと相談していいのです。
2. 地域差があるときは、専門職を頼る
この体制は、お住まいの市町村によって整備状況に差があるのが現実です。 もし窓口でうまく伝わらなかったり、不安を感じたりした場合は、身近なPSW(精神保健福祉士)やソーシャルワーカーに声をかけてください。私たちが「通訳」となり、適切な支援へつなぐ役割を果たします。
3. 「支援される」だけでなく「居場所」を見つける
この事業には「参加支援」という柱があります。 これは、何かを強制するものではありません。同じ悩みを持つ人の集まりでただ話を聞いてみたり、自分のペースでできる軽作業や地域活動に参加したりすることを通じて、「役割」や「居場所」を取り戻すプロセスです。
人は、誰かの役に立ったり、ただそこに居てもいいと肯定されたりすることで、回復のエネルギーが湧いてきます。孤立を防ぎ、ゆるやかなつながりの中で生きていく。それもまた、立派な「処方箋」の一つだと私たちは考えています。
まとめ
包括的相談支援事業は、行政の都合で分けられていた窓口を、「あなたの人生」を中心につなぎ直すための制度です。精神保健福祉士は、その中で心の機微に触れながら、あなたが地域で安心して暮らせるよう伴走します。
「助けて」と言っていい場所は、あなたが思っているよりも、確実に広がっています。