医療や支援の場では、「精神疾患(診断名)」と「精神症状」という言葉が使われます。 けれども、その違いは、必ずしも分かりやすいものではありません。ここでは、この二つをあらためて整理してみます。
たとえばインフルエンザでは、「インフルエンザ」という名前が「診断名」であり、「鼻水」や「高熱」は体にあらわれる「症状」です。
精神医療では、「診断名(精神疾患)」とは、医師が基準に照らして判断する名前です。その基準は、患者の「症状」の組み合わせや、生活への影響度から判断されます。
たとえば、
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気分の落ち込みが長く続く
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眠れない
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食欲がない
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意欲が出ない
これらを「症状」といい、こうした症状が一定期間続き、生活に支障が出ている場合、医師が「うつ病」という「診断名」をつけることがある、というわけです。
まず「体験」があり、その後に「名前」がつきます。 この順番に意識を向けるだけで、診断名という「枠」に自分を無理に合わせる必要がないことに気づけるはずです。名前よりも、いまこの瞬間、あなたが感じている「真実」を、まずは何より大切に扱っていきましょう。
なぜ「症状」に目を向けることが大切なのか
診断名は、ときに安心をもたらします。「名前がついた」ということは、対処に向けた整理が始まったということでもあるからです。 けれども同時に、診断名はときに重たくもなります。「私は○○だ」と、その名前が自分のすべてのように感じられてしまうこともあります。
症状に目を向けると、視点が変わります。 「私はうつ病だ」ではなく、 「最近、朝がつらい」 「食欲が落ちている」 「眠れない日が続いている」
すると、必要な支えが、少しずつ具体的になります。 眠れないなら、睡眠を整える方法を探せる。不安が強いなら、その不安が高まる場面を一緒に整理できる。意欲が落ちているなら、生活の負担を減らす工夫ができる。
症状は、変化するものです。診断名よりも、ずっと動きがあります。そして、回復もまた、症状の変化として少しずつ現れていきます。
診断は医師の役割。体験はあなたのもの。
診断名を決めるのは医師の役割です。それには専門的な評価が必要です。 けれども、自分の体験を語れるのは、あなた自身だけです。
「最近こんなことが起きています」 「ここが一番つらいです」
その言葉は、治療や支援の確かな出発点になります。
疾患と症状の違いを知る意義
「疾患」と「症状」のちがいを知ることは、診察の場での対話を助けます。 診察の場で「私は統合失調症です」と言うよりも、「最近幻聴が強くて眠れません」と症状を具体的に伝える方が、医師は治療方針を立てやすくなります。
しかし、疾患と症状の違いを一人で理解することは容易ではありません。専門的な用語や診断基準は複雑で、患者や家族が混乱することもあります。そのようなとき、精神保健福祉士(PSW)が整理のお手伝いをすることもできます。 医療の専門的な説明を日常の言葉に置き換え、その人やご家族が自分の生活の中で理解できるように支えるのが私たちの役割です。
【付録】体験を整理するためのヒント集
あなたの体験を整理するためのヒントとして、以下のリストをご活用ください。
ヒント1:DSM-5に見る精神疾患の具体例
精神疾患の診断基準(DSM-5)では、疾患をいくつかのカテゴリーに分けて整理しています。
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統合失調症スペクトラム障害: 妄想や幻覚など。
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抑うつ障害群: うつ病など、気分の落ち込みが続く状態。
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双極性障害および関連障害群: 気分の落ち込みと高まり(躁状態)を繰り返す状態。
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不安症群: 全般不安症、社交不安症、パニック症など。
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神経発達症群: 自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)など。
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食行動障害および摂食障害群: 神経性やせ症、神経性過食症など。
これらの疾患は、症状の組み合わせと持続期間、生活への影響度によって診断されます。さらに、これらは複雑に絡み合うこともあり、一人ひとりのグラデーションがあります。
ヒント2:精神症状の具体例
精神症状は、疾患の一部として現れる具体的な状態です。
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幻覚: 周囲には聞こえない声や音を感じる。
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抑うつ気分: 一日中気分が沈む。
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過覚醒: 周囲の危険を察知しようと、心に高感度なアンテナが常に立っている状態。
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強迫観念・強迫行為: 強い不安に駆られ、何度も確認や手洗いをしてしまう。
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注意集中困難: 課題に集中できず途中で気が散る。
ヒント3:精神症状と身体症状のつながり
精神疾患は、心だけでなく身体にも影響します。このため医師は、精神症状や身体症状を確認し、総合的に「精神疾患」を診断します。専門的な評価を経ないまま、誰かを特定の診断名で決めつけることは慎重である必要があります。
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うつ病の例: 【精神症状】抑うつ気分、意欲低下 【身体症状】食欲不振、体重減少、睡眠障害
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不安症の例: 【精神症状】過度な心配、緊張 【身体症状】動悸、発汗、胃痛
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統合失調症の例: 【精神症状】幻覚、妄想 【身体症状】昼夜逆転、極度の疲労感(※また、治療薬の副作用として体重増加や体のこわばりが生じることもあり、こうした身体的なケアも重要になります)
このように、「精神疾患」と「精神症状」は似た言葉ですが、役割の異なるものです。まずはあなたに起きている「症状」を、大切に言葉にすることから始めてみませんか。