記事一覧

心理学・行動科学

人間はなぜ数秒で忘れるのか?ピーターソン実験から探る「短期記憶」の仕組みと医療・福祉現場での応用

少し前に聞いたはずのことを、もう思い出せない。人の記憶には、どんな限界があるのでしょうか。

この記事では、心理学の古典的な研究であるピーターソン実験をもとに、短期記憶が数十秒で薄れるしくみと、前の記憶が邪魔をする「順向性干渉」を、やさしく解説します。後半では、医療・福祉の現場での伝え方や支援の工夫にどうつなげられるかも紹介します。

この記事でわかること

  • 短期記憶とは何か、ワーキングメモリとの関係
  • ピーターソン実験のやり方と結果
  • 実験の課題と「順向性干渉」
  • 課題をふまえた改善実験のアイデア
  • 医療・福祉の現場での活かし方

医療・福祉の現場で起きやすい「覚えていられない」場面

次のような場面に心当たりはありませんか。

  • 少し前に伝えたはずの服薬の指示を、忘れてしまう
  • 作業療法やデイケアで、複雑な作業の手順が頭に残らない
  • 災害時、あわただしさのなかで避難の指示が伝わりにくい

医療・精神保健福祉の現場では、ご本人の「忘れやすさ」や「混乱」に出会う機会が多くあります。こうした場面は、集中力や態度だけの問題とは限りません。人が一度に覚えておける量や時間には、もともと限りがあることも関係していると考えられます。

人の一時的な記憶がどれくらいの時間もつのかを調べた代表的な研究が、ピーターソンらの短期記憶の実験(Peterson & Peterson, 1959)です。この記事では、その実験のしくみと課題、そして支援に活かす視点を紹介します。

ピーターソン実験とは?短期記憶が数十秒で薄れることを示した研究

電話番号をメモするまでのあいだだけ頭に留めておくような、一時的な記憶を「短期記憶」と呼びます。なお、情報を一時的に保ちながら、考えたり計算したりする働きまで含めて、「ワーキングメモリ(作業記憶)」と呼ぶこともあります。

ピーターソンらは、頭の中で言葉を繰り返し唱える「リハーサル(維持リハーサル)」をあえて邪魔したとき、記憶がどれだけ保たれるかを調べました。

実験のやり方

  1. 覚える:英語の子音3文字(例:X-J-T)を聞いて覚えます。
  2. 邪魔をする:直後に3桁の数字(例:505)を聞き、そこから3ずつ引き算しながら声に出して数えます(505、502、499……)。リハーサルを防ぐための課題です。実験では、3ずつと4ずつの両方が使われました。
  3. 思い出す:3秒から18秒のあいだで決められた時間がたったら、最初に覚えた3文字を答えます。

参加したのは、心理学の授業を受けていた大学生24人で、1人が48回の試行を行いました。

実験の結果:時間がたつほど思い出せなくなる

  • 3秒後:正答率は約80%
  • 18秒後:正答率は約10%まで低下

頭の中で繰り返せない状態では、短期記憶は数十秒のうちに大きく薄れ、18秒後にはほとんど思い出せなくなりました。ただし、これは意味のない文字を覚える実験での結果です。日常の記憶が、いつも同じように消えるわけではありません。

ピーターソン実験の課題とは?「順向性干渉」という落とし穴

ピーターソンらの研究は画期的でしたが、実験のやり方に、結果を読み取りにくくする要因があったと指摘されています。

課題①:前の記憶が邪魔をする「順向性干渉」

心理学では、過去に覚えた古い記憶が、新しく覚えた記憶の思い出しを邪魔する現象を「順向性干渉(Proactive Interference)」と呼びます。

ピーターソンらの実験では、1人が合計48回も試行を繰り返しました。試行を重ねるうちに、前の試行で覚えた文字(例:B-K-P)が頭に残り、新しい文字を思い出しにくくなった可能性があります。忘れた原因は「時間がたったから」だけでなく、「古い記憶と混ざったから」でもあるかもしれないのです。

実際に1962年、ケッペルとアンダーウッドは、最初の試行ではほとんど忘れないのに、試行を重ねるほど成績が下がることを報告し、順向性干渉の影響を示しました。

課題②:引き算への慣れによる個人差(筆者の考察)

筆者は、もう一つの課題として、引き算への慣れの個人差が影響した可能性を考えました。暗算が得意な人にとっては引き算の負担が小さく、そのすき間で無意識に文字を繰り返し唱えてしまうことが考えられます。その場合、「リハーサルなしで記憶がどれだけもつか」を純粋に測れなくなります。

改善実験案:時間の経過と干渉を切り分けるには

筆者は、これらの課題をふまえて、「時間の経過による自然な薄れ」と「記憶どうしの干渉」を分けて測るための改善案を整理しました。

  • 引き算の数字をランダムにする(慣れの影響を減らす):試行ごとに引き算のルールや開始の数字を不規則に変え、慣れやパターン化による自動的な処理を防ぎます。
  • グループ間で比べる(干渉を分けて調べる)
    • 実験群(1回だけ試行するグループ):参加者を待ち時間ごとのグループに分け、試行を1回に絞って、順向性干渉が起きにくい状態にします。
    • 対照群(繰り返し試行するグループ):従来どおり、複数回の試行を行います。

両群の正答率の差を比べれば、「純粋な時間の経過」と「干渉の影響」を、それぞれ見積もれると考えられます。

医療・福祉の現場にどう活かす?短期記憶の特性を踏まえた支援

ここからは、短期記憶の特性を支援に活かす考え方の例です。ピーターソン実験は大学生を対象にした実験であり、病気や障害のある方にそのまま当てはまるとは限りません。一人ひとりの状態は異なるため、決めつけずに、ご本人に確かめながら進めることが大切です。

① 精神科リハビリテーションやSSTでの伝え方

SST(生活技能訓練)や生活指導では、一度にたくさんの情報を伝えると、誰でも覚えきれなくなります。強いストレスがかかっているときや、記憶や注意に難しさがある方では、特に負担が大きくなることがあります。

工夫の例:1回の説明では伝える内容を1つに絞り、短く具体的な言葉で伝えます。メモや図など、目に見える形で残すのも役立ちます。

② 高次脳機能障害や認知症のある方への服薬支援

「朝・昼・夕・就寝前」など服薬のタイミングが多く、似た指示が重なると、以前の指示と混ざって分かりにくくなることがあります(順向性干渉のイメージです)。

工夫の例:一包化や服薬カレンダー、アラーム機能などを活用し、「頭の中だけで覚えなくてもよい環境づくり(外部メモの活用)」を進めます。

薬の飲み方や管理の方法は、必ず医師・薬剤師の指示に従い、個別の方法は主治医や薬剤師に相談してください。

③ 医療安全・ヒューマンエラー対策

多忙な病棟や施設では、口頭での連絡や申し送りだけに頼ると、聞き間違いや伝え漏れが起きやすくなります。記憶の限界も、その一因と考えられます。

工夫の例:復唱して確認する、チェックリストを標準化する、重要な連絡は書面や記録に残す、必要な場面でダブルチェックを行う、口頭指示は緊急時などに絞る、といった「記憶だけに頼らないしくみづくり」が、安全管理の土台になります。具体的な運用は、それぞれの施設のルールやマニュアルに沿って進めてください。

まとめ:忘れやすさは誰にでもある人間らしい特性です

心理学が示してきた「忘れやすさ」や「混同しやすさ」は、ご本人や支援者の努力不足ではなく、記憶のしくみに由来する特性です。この記事のポイントは次の3つです。

  • 頭の中で繰り返せない状態では、短期記憶は数十秒で大きく薄れる(実験では18秒後に約1割)
  • 似た情報が続くと、順向性干渉によって古い記憶と混ざることがある
  • 医療・福祉の現場では、「短く・具体的に・目に見える形で残す」関わりが役に立つ

精神保健福祉士や医療従事者がこうした心理学の知見を知っておくことは、ご本人の生きづらさを理解し、負担の少ない生活環境や支援プログラムを考えるうえで、大切な手がかりになります。

参考文献

  • Peterson, L. R., & Peterson, M. J. (1959). Short-term retention of individual verbal items. Journal of Experimental Psychology, 58(3), 193–198.
  • Keppel, G., & Underwood, B. J. (1962). Proactive inhibition in short-term retention of single items. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 1(3), 153–161.
  • 箱田裕司・都築誉史・川畑秀明・萩原滋『認知心理学』有斐閣、2010年

※本記事は、筆者が通信制大学で認知心理学を学んだ内容をもとに、医療・精神保健福祉の視点を加えて再構成したものです。心理学の一般的な知識を紹介するもので、特定の方の診断・治療・服薬の判断に代わるものではありません。内容は筆者個人の見解であり、所属する組織を代表するものではありません。

関連記事

記事一覧
目次