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【解説】不即事而知 — 知る前の世界

ナギ

こんにちは。ナギです。

レオナが触れた世界は、
「知る」よりも前にひらいている世界です。

禅では、
世界を“見る”とか“理解する”とは考えません。
対象と自分が向かい合う図式そのものが、
もう世界から離れてしまっているからです。

木と呼ぶ前の木。
空と呼ぶ前の空。
道と呼ぶ前の道。

そこには、名前も意味もありません。
ただ、そうである世界がひらいています。

そしてその世界は、
悲しみを通った人にだけ、
そっと姿を見せることがあります。

知ろうとすると遠ざかり、
手放すと、すぐそばにある。

不即事而知とは、
“知ることではない知”。
世界と自分が触れずに一つである、
静かな体験のことなんです。

レオナが見たものは、
その入口。

あなたも、いつかふとした瞬間に、
同じ世界に触れるかもしれません。

参考文献

  • 「正法眼蔵を読む 存在するとはどういうことか」(南直哉著、講談社)

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