ずいぶん前のことになります。
精神保健福祉センターで「ひきこもり支援員」をしていた私は、ある講演会に、当事者として発信を続けていたOさんを講師としてお招きしました。
Oさんは、当事者の心に、気づかないまま踏み込んでしまうことのある社会の姿に、静かに問いを向け続けている人でした。
それは攻撃性というより、「これ以上、誰も傷ついてほしくない」という切実さに近いものだったように思います。
講演後、質疑応答の時間に、一人の教師が静かに手を挙げました。
その表情は真剣で、どこか追い詰められているようにも見えました。
「担任として、どうしても動けない子がいます。何とか理解したいと思っているのですが、どう考えればいいのか、手がかりが見つからないんです。あの子の状態を、どう捉えたらいいのでしょうか」
その問いには、「何とかしたい」「見捨てたくない」という切実さがにじんでいました。
しばらく沈黙が流れたあと、Oさんは穏やかな声で、こう返しました。
「……その問いを、なぜ僕に向けたんでしょうか」
会場が少しざわつきました。
Oさんは続けます。
「もしあなたが、目の前のその子を解釈するための『一般論』を僕に求めているのなら、お答えできることはありません。なぜなら、その子の真実を知っているのは、世界中でその子自身だけだからです」
会場が凍りついたような静寂に包まれました。
教師は戸惑いながらも、絞り出すように言いました。 「でも……どう聞けばいいのかも、わからないんです。だから、ヒントがほしくて」
Oさんは静かに、しかし断固として首を横に振りました。
「ヒントを自分の外側に探しに行くことは、支援者の安心にはなっても、本人の救いにはなりません。誰であっても、本人の代わりにその人生を語る特権は持っていない。残酷に聞こえるかもしれませんが、あなたが見るべきは僕ではなく、本人なんです。それ以外に道はありません」
Oさんは、それ以上、言葉を重ねることはありませんでした。
「無知の知」という名の、本当の誠実さ
私たちは学びを深めるほど、「正解」や「マニュアル」を外側に求めてしまいます。
「不登校の心理学」
「ひきこもりの傾向と対策」
それらは、確かに無意味ではありません。
けれどOさんが守ろうとしたのは、「目の前のその子の心は、その子だけのものだ」という、誰にも代替できない事実でした。
「無知の知」という言葉があります。
「知らないことを勉強して、知識を増やすこと」だと思われがちです。
でも、人と向き合う仕事においての「無知の知」とは、
「私は、あなたのことを完全には理解できない」
その現実を、逃げずに引き受けることなのではないでしょうか。
知識で相手を整理しようとすることは、
もしかすると、支援する側の不安を落ち着かせるためでもあるのかもしれません。
本当に問われているのは、
「わからない」という不確かさを抱えたまま、
それでも相手のそばに立ち続けられるかどうか、なのだと思います。
手渡された「重い意志(石)」
講演の帰り道、私は自分の趣味で集めていた石のコレクションの中から、一番気に入っていたものを一つ、飛行機を待つOさんに手渡しました。
「これは、僕の思いです」
言葉の響きに敏感だったOさんは、少し笑って言いました。
「重い意志(石)ですね」
「重い」と「思い」
「石」と「意志」
その後、Oさんは若くしてこの世を去りましたが、あの日、笑って受け取ってくれた石の感触を、私は今も忘れられません。
翻訳者としての、これからの歩み
「本人の声」に勝る教科書はありません。
それは、誰にも翻訳される前の、生々しくも尊い真実です。
これからも、私は安易な「わかります」という逃げ道を自らに禁じます。
あなたの発する「それな」というかすかな響きが、社会の騒音にかき消されないように。
あなたが抱えるその「重い石(意志)」を、私が代わりに持つことはできません。
けれど、その重さに震えるあなたの手の隣で、同じ重さの絶望と希望を分かち合いながら、一歩ずつ運ぶ「翻訳者」であり続けたい。
「わからない。だからこそ、奪わない」
その誓いこそが、あの日手渡した石が今も私に問い続ける、支援の原点なのです。