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児童相談所は、家族を守るための「安全基地」です ― 親を責めるための場所ではありません

みなさんは、児童相談所(児相)に対してどのようなイメージをお持ちでしょうか? 「怖い場所」「子どもを取り上げられる場所」「通報されたら、もう終わり」――そんなイメージを抱いている方もいるかもしれません。

実は、児童相談所は虐待対応の機関であると同時に、子どもの発達、非行、そして親御さん自身の育児疲れや生活の悩みまで幅広く受け止める、地域で中心的な役割を担う「子どもの総合的な相談機関」です。

今回は、専門職の視点から、児童相談所という「安全基地」を上手に使うためのヒントをお伝えします。

児童相談所ってどんなところ?

児童相談所は、法律(児童福祉法)に基づいて設置された公的な相談機関です。現在、全国の都道府県や政令指定都市などに230か所以上設置されており、そこには、ただ事務的に処理する職員がいるわけではありません。

  • 児童心理司: お子さんの特性や心の声を丁寧に聴き取る専門家

  • 児童福祉司: 生活の困りごとを一緒に整理するソーシャルワーカー

  • 医師・保健師: 体の健康と育児の負担を医療面から支えるスタッフ

  • 弁護士: 法律の力で、家族全員の権利を守るアドバイザー

ここには、「正解」を押し付ける人ではなく、今の苦しさをどう分かち合えるかを一緒に考えるチームがいます。相談は無料、そして匿名でも可能です。あなたのプライバシーは厳守されます。

事例で見る「相談のタイミング」

なぜ「早めの相談」が大切なのか。公的な検証報告書や実例をもとに構成した2つの事例を比べてみましょう。

【事例1】相談が遅れ、孤立してしまったケース

(状況:母子家庭、経済的困窮、地域からの孤立) あるお母さんは、ひとりで子育てと仕事に追われていました。子どもが泣き止まないことにイライラを募らせていましたが、「相談したら子どもを連れて行かれるのではないか」「親として失格だと思われるのではないか」という恐怖心から、行政や児相との接触を避けていました。 保健師が訪問しても居留守を使い、健診も未受診に。周囲が異変に気づき保護された時には、子どもは深刻な栄養不良と身体的な傷害が重なり、命にかかわる状態になっていました。

  • ここに注目: 虐待死などの検証報告書では、「保護者の孤立」や「関係機関との接触拒否」がリスク要因として頻繁に挙げられます。「怒られる」「連れて行かれる」という誤解が、SOSを出す手を止めてしまい、結果として取り返しのつかない事態を招いてしまうのです。

【事例2】早期相談で家族が再生したケース

(状況:父親が仕事のストレスと育児で限界に) あるお父さんは、仕事の責任と深夜の育児が重なり、心身ともに限界(バーンアウト)を迎えていました。ある夜、「このままではカッとなって、子どもを深く傷つけてしまうかもしれない」という恐怖に襲われ、震える手で「189」へ電話をかけました。 電話を受けた児童相談所は、お父さんの切迫した状況を理解し、子どもを一時的に預かる「一時保護」を提案しました。数日間の冷却期間中、お父さんはカウンセリングを受け、心の余裕を取り戻しました。その後、保育所入所などの支援プランが整い、親子は再び一緒に暮らせるようになりました。

  • ここに注目: 厚生労働省の資料などでも、「限界を迎える前のSOS」は、虐待を未然に防ぐ最大のチャンスだとされています。ここでの「一時保護」は、親子を引き離すための手段ではありません。激しい荒波から一時的に避難する「港」のような役割を果たしたのです。お父さんが自分自身を取り戻すための、大切な休息(レスパイト)の時間となりました。

児童相談所の相談件数(公的資料より)

厚生労働省「令和5年度福祉行政報告例」によると、全国の児童相談所が受け付けた相談は以下のように分類されています。

相談の種類 件数(令和5年度) 内容の例
児童虐待相談 約21万8,000件 身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待
障害相談 約20万件 発達障害や知的障害に関する相談、支援ニーズ
養護相談(虐待を除く) 約7万件 保護者の病気・経済的困難により養育が難しいケース
その他の相談 約3万件 育児不安、しつけの悩み、学校不適応など
非行相談 約1万3,000件 万引きや家出などの問題行動への対応
  • 相談の約半分は虐待に関するものですが、残りの半分は、発達の特性や不登校、経済的な悩みなどです。ここは、家族のあらゆる「困った」が集まる、地域の総合窓口なのです。

児童相談所の「強制権」はなんのためにあるの?

児相には、命を守るための「介入」という役割も託されています。 これは親御さんを追い詰めるための武器ではなく、「これ以上、誰も傷つかなくて済むように」食い止めるための、社会が用意したセーフティネット(安全網)です。「子どもの命が最優先」だからこそ、万が一の事態から子どもを確実に守るために法律が定めた権限です。

私たち専門職の願いは、強制的な介入ではありません。親御さんが抱える経済的な不安、夫婦関係の悩み、ご自身のメンタルヘルスの問題……そうした「生活のしづらさ」も含めてサポートし、「地域の支援の輪」の中で家族が安心して暮らせるようになることがゴールです。

相談することは、親としての「弱さ」ではありません。子どもの安全を守ろうとする、誠実な行動です。

「虐待かも?」だけで通報していいのです

近所から聞こえる激しい泣き声や怒鳴り声。「これって虐待かな?」と迷ったとき、躊躇してしまう方は多いと思います。ですが、これだけは覚えておいてください。

「確証がなくても、通報していい」のではなく、法律では、虐待が疑われる場合には通告することが求められています。

法律(児童虐待防止法)では、「虐待を受けたと思われる」子どもを発見した人すべてに、通告(通報)義務があると定めています。つまり、「間違いだったらどうしよう」と悩む必要はありません。事実確認はプロ(児童相談所)の役割です。あなたの役割は「気づくこと」と「つなぐこと」までです。

もし調査の結果、虐待の事実がなかったとしても、あなたが責任を問われることは一切ありません。「何もなくてよかった」と安心できる、それが一番の結果だからです。 あなたの電話は、誰かを告発する行為ではありません。社会から孤立している親子を、支援につなぐための「最初のバトン」なのです。

児童相談所虐待対応ダイヤル「189(いちはやく)」

  • 全国共通番号: 虐待が疑われるときや、ご自身が子育てに悩んで爆発しそうなときに、最寄りの児童相談所へつながります。

  • 匿名・無料: 通報・相談者の秘密は法律で厳格に守られます。近所に知られる心配はありません。通話料も無料です。

精神保健福祉士の視点から

児童相談所は「虐待対応の最後の砦」として知られがちですが、実際には子どもと家庭の幅広い困りごとを受け止める総合支援機関です。

不安や迷いを感じたときは、「189(いちはやく)」という選択肢があることを、どうか思い出してください。匿名・無料で相談でき、子どもの安全と親の心を守る、確かな第一歩になります。

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